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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)1170号 判決 1950年6月10日

被告人

福山則春

外三名

主文

原判決中被告人等に関する部分を破棄する。

被告人福山を懲役一年六月に、同筒を懲役十月に、同平田を懲役一年及び罰金一万円に夫々処する。

被告人平田において右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間労役場に留置する。

被告人福山、同筒、同平田に対し、この裁判確定の日から何れも三年間右各懲役刑の執行を猶予する。

被告人井上関係部分につき本件を原審裁判所に差戻す。

原審における訴訟費用中国選弁護人大田政作に支給した分は被告人福山の負担とする。

理由

(イ)  被告人井上の弁護人鶴和夫の控訴趣意第一点の一、二について。

本件起訴前の被告人の勾留に関する処分に当つた裁判官田中英寛が被告人の本件審判をしたことは記録上明かであり、原審裁判所勤務の裁判官が田中裁判官一人丈でないことも当裁判所に顯著であるが、公判前の勾留に関する処分に当つた裁判官が爾後同一事件の審理判決に関与したからとて刑事訴訟法第二十条が之を除斥の理由として掲げていないのみならず刑事訴訟規則第百八十七条第二項に依れば急速を要する場合には事件の審判に関与すべき裁判官が自ら公判前の勾留に関する処分に当ることを妨げないのだから、原審裁判所勤務の裁判官が田中裁判官一人丈でないとしても、勾留に関する処分の請求を受けた当時他の裁判官は公務出張、欠勤又は他の事件審判のため出廷中等で勾留処分に当ることができないこともあり、而かも起訴前の勾留期間は限定されているのであるから、所論のように一概に本件被告人に対する起訴前の勾留処分が急速を要しなかつたと決めて了うことはできないであろう。それ故もし急速を要する場合でなかつたと主張するならば、被告人又は弁護人の側においてこの点の立証をすべきであるに拘らず、之が立証をせずして漫然被告人の本件公判手続は刑事訴訟規則第百八十七条第一項但書に反する違法の手続であるとする所論は到底認容することができない。従つて公判手続の違法なることを前提とする論旨は之を排斥せざるを得ない。

(ロ)  控訴趣意第一点中の三及び第二点、第三点について。

被告人に対する起訴状(第七項)記載の公訴事実は、「被告人は同年(昭和二十四年の意)五月上旬頃その自宅で相被告人平田の斡旋により原審相被告人田中等からその窃取に係るオート三輪車用タイヤチューブ各二本を賍物であることの情を知り乍ら代金二万五千円で買受けて賍物の故買をした」というのであつたところ、検察官は原審第一回公判期日において起訴状第七項中「前記タイヤチューブ各二本」とあるを「第二項の四のタイヤチューブ一本」と訂正した上起訴状を朗読し、裁判官は右訂正の許否につき裁判を与えることなく、被告人等に対し默秘権、供述拒絶権を告知した上被告事件について陳述することの有無を尋ねたところ、被告人井上は賍物であることの情を知らなかつた旨を又同被告人の弁護人は井上被告人に犯意がなかつた旨を夫々陳述したこと。そして、被告人に対する起訴状記載の公訴事実は起訴状記載の第二の一(原判決摘示の第一の(二)の(1))に挙示するところの原審相被告人田中若男、相被告人福山則春両名が共謀の上昭和二十四年五月一日頃八代市出町球磨川駅構内で窃取した日本通運株式会社所有の荷車用タイヤ及びチューブ各二本を被告人においてそれが賍物であるの情を知り乍ら買受けたという賍物故買の事実(被告人平田の賍物牙保の関係においては起訴状記載の第六の二、原判決摘示の第一の(六)の(2)の事実)であつたのを、検察官は起訴状記載の第二の四(原判決摘示の第一の(二)の(4))に挙示するところの前記田中、福山両名が共謀の上同年五月十二日頃宇土郡宇土町一丁目係り道路で所有者不明のトラック用ホイル附タイヤチューブ各一本を被告人において賍物であることを知り乍ら買受けたという賍物故買の事実(被告人平田に関連事実なし)に訂正する趣旨であつたことは本件訴訟記録全般を通読すれば自ら明らかである。しかし乍ら、かような事柄が顯著な日時、場所、数量上の誤記、誤謬の訂正等の如き場合と同じように、被告人又は弁護人の異議の有無に拘らず単なる起訴状の記載訂正によつて許容し得べきものでないことは論を俟たないであろう。それならば刑事訴訟法第三百十二条第一項第三項、刑事訴訟規則第二百九条第五項により訴因の変更として取扱われるかという点について考えて見ると、訴因とは、法律的に構成された公訴事実即ち刑罰、法令の各本条所定の犯罪構成要件にあてはめて敍述せられた公訴事実を云うのであるから例えば窃盜の共同正犯として、起訴したものを窃盜の敎唆又は幇助に変更し窃盜として起訴したのを賍物の收受、同運搬、同寄藏に変更し、若くは恐喝としての起訴を收賄、に変更するように同一の公訴事実の範囲内の問題であつて、同一の公訴事実の範囲を逸脱しての訴因の変更ということはあり得ないと云うべく同一の公訴事実を逸脱する訴因の変更というのは、(仮りにかような表現が許されるとして)実は訴因の変更ではなく、変更前の公訴事実については公訴の取消であり、変更後の公訴事実については新訴の提起であるから、夫々その所定の手続(刑事訴訟法第二百五十七条、刑事訴訟規則第百六十八条、刑事訴訟法第二百五十六条、刑事訴訟規則第百六十四条、第百六十五条)に従つて措置せられなければならないのである。而してここに公訴事実の同一性とは従来の判例学説の説示するように公訴の基本的事実關係が同一であることを指称するものと解するのを相当とする。以上の見地に立つて本件の場合を検討して見ると、前敍の如く検察官は被告人井上に対し最初は同被告人がその自宅で原審相被告人田中及び相被告人福山の両名が共謀して昭和二十四年五月一日頃八代市球磨川駅構内で窃取した日本通運株式会社所有の荷車用(三輪車用)タイヤー及びチューブ各二本を相被告人平田の斡旋で賍物であることを知り乍ら買受けたという事実について起訴しておりながら原審第一回公判期日において起訴状の記載訂正の方式で前記田中、福山の両名が共謀して同年五月十二日頃宇土郡宇土町一丁目道路上で窃取した所有者不明のトラック用ホイル附タイヤ及びチューブ各一本を賍物であることを知り乍ら買受けたという事実について審判を請求したものであつて、訂正の前後において故買の時期、態様及び目的物を異にし、公訴事実の同一性の範囲を逸脱しておることが明瞭であるから、訴因の変更として処置さるべきことではない。従つて、かような場合、原審裁判所は検察官の右申出を不適法として却下し、変更前(検察官のいう訂正前)の訴因について審判しなければならないのである。然るに原審裁判所は検察官の右申出(訂正申出)に対し何等その許否の決定をしていないのであるから、之を許可したのか、許可しなかつたのか不明であるが、爾後の審理の経過に徴すれば、之を許可したものの如くである。若し之を許可したものとすれば、それは不適法であるから、右の如く変更後の公訴事実に従つて審理をすすめた爾後の手続は亦不適法であつて、かような訴訟手続に関する違法は判決に影響を及ぼすこと勿論であるから、この点において原判決を破棄するか又は原判決は検察官の訂正後の公訴事実を認定して被告人に有罪の言渡をしておるので審判の請求を受けた事件について判決をせず又は審判の請求を受けない事件について判決をしたものとして破棄するの外はない。何れにするも論旨は理由があると言わなければならない。

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